オークモスってどんな香り?(おすすめの香水も)

オークモスのイメージ

香料名でおなじみのオークモス(Oakmoss)。名前に“モス(苔)”と付いているせいで植物の苔だと思われがちですが、実は植物の苔ではありません。その正体は地衣類──菌類が藻類を共生させた複合生物です。

オークモスは菌類と藻類が助け合っている地衣類だというイメージ

菌類は本来水中で生活する藻類に地上での住処を与え、藻類は光合成をして菌類に栄養を与え、2つの別種が依存し合って生きています。

オークモス

主に北半球の温帯に分布し、ナラだけでなく多くの落葉樹や針葉樹の樹皮に着生します。学名は Evernia prunastri。香水ではフランス語名のムース・ド・シェーヌ(mousse de chêne)と呼ばれることもあります。

オークモスはどうやって香料になる?

オークモスの香料のイメージ

天然オークモスは採取後、溶剤抽出でコンクリートを取り、さらにアルコールでアブソリュート(絶対油)に精製します。これが調香で使われる“オークモス・アブソリュート”。方法はメーカーにより異なりますが、ヘキサンやアルコールを使う伝統的な溶剤抽出が主流です。

オークモスの香りのイメージ

香りの輪郭は、湿った森林、苔むした樹皮、落ち葉や土の気配、ほのかな苦味やインクの渋み、そしてレザーの陰影。

保留剤としての役割を担うオークモス

そして何より優れたフィキサチーフ(保留剤)として、トップ〜ミドルの揮発性素材に“腰”を与え、ベースに落ち着かせる役割を担います。

ベースノートに置かれるオークモス

香水史に刻まれた“シプレ”の屋台骨

コティのシプレとオークモスとベルガモット

現代のシプレ(Chypre)系の雛形は、1917年にフランソワ・コティが発表した「シプレ」。シトラス(とりわけベルガモット)の明るさと、ラブダナム/パチュリ/オークモスで組む陰影のコントラストが核になりました。以来、シプレというジャンルは無数の名香を生み、オークモスはベースの必須要素として地位を確立します。

同じくフジェール(Fougère)でもオークモスは屋台骨。ラベンダーとクマリン(トンカ由来)に、オークモスが“緑の陰影”を添える構成は、男性調香の基本文法として現在も生きています。

どこまで使える?──アレルゲンによる規制と安全性のいま

オークモスはアレルゲンとなる成分を含んでいるというイメージ

未処理(従来型)の天然オークモスは、アトラノール/クロロアトラノールという強い感作性アレルゲンを含むため、EU 化粧品規則では両成分の配合が全面禁止。2017年の改正規則以降、市場に出る化粧品には含められません。各社はこれらを痕跡レベル以下まで除去した“ロー・アトラノール”グレードを用い、国際香粧品香料協会(IFRA)の基準内で運用しています。

オークモスの香料は規制で0.1%しか使えないというイメージ

IFRAの最新基準(第49改定の個別標準)では、オークモス抽出物の最大使用量はカテゴリー4(いわゆる“香水”)で 0.10%。加えて抽出物中のアトラノール/クロロアトラノールは各100ppm以下、樹脂酸(DHA)の痕跡も規定されます。ツリーモス(Pseudevernia furfuracea)との合算でも上限は超えられません。

一方、医学系の研究では、低アトラノール化したオークモスはアレルギー惹起性が低減するものの、すでに反応が出たことがある人には反応が出うることが示されています。原体を扱う人は殆どいないとは思いますが、素手で触れない/肌に直接付けないなど、基本の安全対策をするようにしましょう。

天然と合成をどう組み立てる?

規制・安定供給・コストの観点から、現在の調香では

  • 天然(低アトラノール)をごく少量
  • 合成の“オークモス様”素材(例:エヴァニル/ヴェラモス=methyl 2,4-dihydroxy-3,6-dimethylbenzoate)で骨格を補う

という処方が主流。エヴァニルは乾いたモッシー/粉感を与え、ベースを長持ちさせるのに有用です。

用語メモ:オークモス vs ツリーモス

オークモス=Evernia prunastri。ツリーモス=主にPseudevernia furfuracea。どちらも地衣類由来で、規制や運用は近似していますが、香調はオークモスの方が丸く湿り気、ツリーモスは乾いたウッディ寄りと言われます。

まずは嗅いでみたい人へ:おすすめの3本

1)ゲラン「ミツコ」(1919)

ゲランのミツコ

ピーチ(合成アコード)と花々を、オークモス×パチュリのベースが静かに抱え込むフルーティ・シプレの金字塔。近年は低アトラノール素材の導入で往年の佇まいを再解釈したとされます。

2)アクア・ディ・パルマ「ケルシア(Quercia)」

アクアディパルマのケルシア

コロンの明るさに、オークモスのアーシーさと上質ウッディがふくらむモス・ウッディ。朝の森の空気感をそのままボトルに。

3)ラッシュ「デビルズ・ナイトキャップ」

ラッシュのデビルズナイトキャップ

オークモス絶対油を前面に、オークウッド/オレンジフラワーが重なる“濃い森の一枚絵”。入手性は時期・地域で変動しますが、モス好きには一度試してほしい直球の作り。

一歩踏み込んだ楽しみ方(調香のヒント)

  • シトラス×オークモス:ベルガモットなどの明るいトップに、オークモスを0.05〜0.1%(IFRA範囲内)で添えると、一気に“シプレらしさ”が出ます。核はベルガモット+ラブダナム+パチュリ+オークモス。
  • 天然+合成のハイブリッド:低アトラノールのオークモスを少量、エヴァニルで輪郭とドライさを足すと、現在の安全基準を守りつつ深みが作れます。

まとめ:安全に“深い森”を未来へ

オークモスの香りのイメージ

オークモスは植物の苔ではないけれど、香りの世界では比類なき“モッシー”を担う存在。シプレやフジェールの根幹を成し、フィキサチーフとして香りをまとめ上げます。現在はEUで主要アレルゲンが禁止、IFRAで香水中0.1%程度に制限される一方、低アトラノール素材や合成のモス様香料の工夫で、私たちは昔日の“深い森”を安全性と両立させながら楽しめる時代になりました。

ハーブティとして売られていたオークモス
ハーブティとして売られていたオークモス

願わくは、規制を満たしつつも、かつてのオークモスが持っていたしっとり深い陰影を、もっと自由に味わえる日が来ますように。